PRODUCT NOTE / AI エージェント・PM

AI エージェント案件の進め方

同じ社内エージェントを、作る側ではなく通す側・測る側・畳む側から見た記録。
この文書は「どう作ったか」ではなく、何を断り、何を着手前に数え、何をもって終わりにしたかを残した開発ノートです。コードは 1 行も出てきません。

ステータス実運用中(社内・非公開)。進め方を書籍にまとめた Vol.4『PoCで終わらせない AIプロジェクトの進め方』は 2026-09-22 発売 — 書籍ページ
立場PM / PdM。スコープ・費用・関係者の 3 つを握ったまま現場に座れる側
反復の単位6 つのゲート。前へ進む反復ではなく、後ろへ戻る反復として計画する(戻った回数を数える)
このノートの範囲判断と書式だけ。実装・構成・固有名は載せない(技術側の判断は 設計のノート)
最終更新2026-10-03
関連Vol.4『PoCで終わらせない AIプロジェクトの進め方』 ・ 社内 AI エージェントの設計(技術観点) ・ エージェント実行テレメトリ(実測)
TL;DR

ひとことで

AI 案件は発注できる形になっていない。仕様は現場の観察からしか出ず、価値は実データでしか測れないので、要件定義書を書いて渡す手順がそもそも成立しない。

進め方は 6 つのゲートに分けた ——誰の何が困っているか/やらない理由を先に 3 つ/データが存在するか実測する/最小で作って本番の一部に当てる/作る前に決めた式で測る/続ける・畳む・人に返す。

いちばん重いのは 2 つめと 3 つめで、ここを飛ばした案件は例外なく PoC で止まった。

直した対策が実際に本番で効いているかを確認する工程を、6 つのゲートとは別に足した。

Problem

背景・解きたい課題

エージェントを作る技術的な判断は別のノートにある。こちらで扱うのは、その前後にある「やるかどうか」と「終わったかどうか」の判断です。困っていたのは次の 4 つ。

3 つめについては、外の数字も同じ方向を指していた。Gartner は「生成 AI プロジェクトの 30% 以上が PoC の後に放棄される」と出している(2024-07-29)。

放棄の理由として挙がっているのも、データの品質・コストの見積り・価値の不明確さで、作る技術の話ではない。

Who

誰の何が困っているかを、分で数える

観察でやったこと

要件を聞き取るのではなく、他人の一日を分で数えた。どの作業に何分かかり、どこで手が止まり、止まったあと誰に聞きに行くか。作るものはここから出てくる。

なぜ PM がやるのか

現場に張り付く権限は、もともと PM が持っている。スコープ・費用・関係者の 3 つを握ったまま現場に座れるのは PM だけで、そこを外注すると観察と判断が切れる。名付けるなら Forward Deployed Engineer(FDE)に近い働き方だが、肩書きや契約を変えたわけではない。

このやり方は速いが、観察した人しか仕様を知らない状態を作る。後半の「自分が抜けても回るか」は、その副作用に対する判断です。

Steps

6 つのゲート

前へ進む反復ではなく、後ろへ戻る反復として計画している。戻るのは主に 3 つめで、戻った回数を記録する。

誰の何が困っているか

現場に張り付いて観察する。作るものを先に決めない。

やらない理由を先に 3 つ書く

3 つ書けない案件は立上げない。書式があるので、通すときの説明にそのまま使える。

データが存在するか実測する 戻りが最多

行数・有効行数・鮮度・到達権限の 4 つを数える。足りなければ 1 つめか 2 つめへ戻る。

最小で作って本番の一部に当てる

PoC 環境で完成させない。本番の一部に当てて、業務が動くかで判定する。

作る前に決めた式で測る

式は着手前に合意しておく。

続ける/畳む/人に返す

3 択で決める。畳み方を決めていないものは、続けるとも言わない。

Decision Log

主要な意思決定ログ

各判断の裏にある「なぜ」を、決定・仮説・結果の 3 点で残す。うまくいかなかったことも書く。

立上げ やる理由より先に、やらない理由を 3 つ書く
DECISION
案件の立上げで、最初に書くのは企画書ではなく「やらない理由」を 3 つ。書式を決めてあり、3 つ埋まらない案件は立上げない。
WHY / 仮説

PoC が溜まる原因は、終わらせ方ではなく始める判断が軽いことだと考えた。落とせないから資源が分散し、どれも本番に届かない。

断る材料を先に作ると、①立上げ自体の判定ができ、②通すときに「この条件なら成立する」という形で同じ材料を使える。やる理由から書くと、読む側は「では全部できるのか」を確かめる作業に入ってしまう。

やらない理由を自分の言葉で書けるのは、現場に張り付いて観察している側(FDE に近い立場)にいるから。要件を聞き取って渡される側だと、断る根拠を自分の中に持てない。

RESULT
書式を 10 パターンに整理した。立上げの会話が「できます/できません」ではなく「この条件なら」に変わった。落とした案件の理由が残るので、同じ話が再燃したときに読み直せる。
計画 「データはあります」を信用せず、4 つ数えるまで計画を立てない
DECISION
行数・有効行数・鮮度・到達権限の 4 つを自分で数えるまで、見積りも計画も出さない。数えるのは着手後ではなく着手前。
WHY / 仮説

「データはあります」は、ほぼ常に「テーブルはあります」の意味だった。行はあるが肝心の列が空、更新が半年前に止まっている、自分の権限では読めない —— このどれかで計画が崩れる。

崩れるのが着手後だと引き返す道が無く、体裁を保つために PoC を続けることになる。数えるコストは数時間で、外れた計画の損より安い。

RESULT
データを数える反復を、機能を作る反復と別に置いた。ここで落ちる案件が出るようになった。落ちるのは着手前なので、損は数時間で済んでいる。
反復 「後ろへ戻る回数」を計画に書く
DECISION
データの段は前へ進まない前提で計画する。各段で戻った回数を記録し、次の案件の見積りに使う。
WHY / 仮説

機能の反復は前へ進む前提で見積る。データの反復は戻る。

戻りを計画に書いていないと、戻るたびに「遅れ」として扱われ、全ての見積りが外れる。戻ること自体は設計通りなので、回数を数えて予定に織り込むほうが筋が通る。

RESULT
戻った回数が段ごとに残るようになった。案件をまたいで見ると、戻りは 3 つめ(データ)に集中していて、ほかの段ではほとんど起きていない。見積りを厚くする場所が 1 か所に決まった。
費用 費用をモデルの単価で見積るのをやめる
DECISION
費用の説明を「モデルはいくら」から始めない。渡している文脈の量と、他案件との枠の取り合いの 2 つで見積る。
WHY / 仮説

単価で計算すると必ず外れる。実際に効くのは 1 回のやりとりに積んでいる文脈の量で、題材のシステムではプロンプトが約 16 万字まで育っていた(経緯は設計側のノート)。

もう 1 つは同時に走る他案件との枠の競合で、これは自分の案件の設計では動かせない。どちらも単価の外側にある。

RESULT
費用の説明を「何をどれだけ渡しているか」から始める形にした。渡している量を減らす工夫が、費用の話として通るようになった。実行時に何にどれだけ渡しているかは 実測の側で数えている。
稟議 稟議の説明を「できないこと」から書く
DECISION
説明の順序を、できることの列挙からではなくできないこと・やらないこと・止める条件から始める形にした。あわせて「使う条件・開く範囲・見せる範囲」を先に表にした。
WHY / 仮説

できることから書くと、読む側は「では全部できるのか」を確かめる作業に入り、説明が長くなるほど疑わしくなる。それより、止める条件が書いていない案件は決裁側から見ると終わりが無いのが問題だと考えた。

社内向けでも「買う理由」は要るので、範囲の表が事実上の価格表になる。

RESULT
範囲の表が、稟議と利用案内の両方で同じものとして使えた。「この範囲なら使える」が先にあるので、範囲外の要望を断るときに個別の説明が要らなくなった。
測る 効いたかの単価は、推定せず本人に申告させる
DECISION
式は 受益者 × 業務カテゴリ × 期間、これに信頼度を添える。単価はこちらで推定せず、使っている本人に申告させる。
WHY / 仮説

単価を推定すると、数字の出どころを聞かれた時点で全体が崩れる —— 推定の根拠を説明するコストが、効果そのものの説明より大きくなる。

申告なら出どころが明確で、信頼度を別に持てば粗さも扱える。

RESULT
申告で埋める形にした。数字の議論が「式が妥当か」と「申告が集まっているか」の 2 つに分かれた。
承認 「AI が書いた」を説明として使わないと決める
DECISION
自分が書いていない成果物を承認するときも、承認したら自分の成果物として扱う。生成物の由来を免責の材料にしない。完了の判定は要望の文面ではなく達成状態で行う。
WHY / 仮説

生成は速くなったが検証は速くならない。人の誤りは間違って見えるが、AI の誤りは正しく見える。

由来を免責にできると、忙しいときに検証を飛ばす動機が生まれ、速くなった分だけ損が増える。文面で完了を判定するのも同じ問題で、文面を満たしていても困りごとが消えていない場合がある。

RESULT

レビューの落とし穴をチェックリストにして、完了条件の型と一緒に置いた。「AI が書いたので」は説明として通らないという扱いが定着した。

技術側では、外へ出る手前で判定を止める仕掛け(三値判定)が対応している。

畳む 作った本人が抜けたら止まるものを、成果に数えない
DECISION
各段の終わりに続ける/畳む/人に返すの 3 択を置く。作った本人の異動で止まるものは、成果ではなく負債として扱う。横展開は終わらせ方の 1 つにすぎないものとして並べる。
WHY / 仮説

観察から作る進め方は、観察した人しか仕様を知らない状態を作る。その状態のまま数を増やすと、増えた本数がそのまま止まるリスクになる。

横展開を成功の形に置くと、早すぎる共通化で間違った抽象を固めるほうへ動きやすい。共通化の判断は、同じ形が 3 件出るまで待つことにした。

RESULT
各段の末尾に「これをどう畳むか」を必ず 1 節置く形にした。畳み方が書けないものは続けると言わない、という判定ができるようになった。逆に、畳み方が書けたものは引き継ぎの材料がそのまま揃っている。
確認工程 「直したか」だけでなく「本番で効いているか」を確認する工程を足す
DECISION
不具合の対応を、コードを直すところで終わらせない。新しい不具合に対応するたびに、関連する過去の対策が本番の設定に実際に反映されているかも棚卸しして、まとめて閉じる。
WHY / 仮説

同じ種類の対策を複数回足していたのに、どれも本番の設定には反映されていなかった。直らない理由は反映する手間ではなく、確認する工程そのものが誰のタスクにも載っていなかったことだった。

同じ事故が繰り返されることについて、依頼者から「なぜまた起きるのか、根本から見てほしい」と率直に問われたことが、この工程を足す直接のきっかけになった。

RESULT
「直したか」でなく「効いているか」を確認する工程を定例に加え、過去の未反映分もまとめて本番へ反映した。
確認依頼 「動いて見える」ではなく「動いている」でリリースを判定する
DECISION
リリースや稼働の判定を、処理が止まらず流れていることではなく、狙った成果が実際に出ていることで行う。利用者からの何気ない確認依頼を、検証の機会として扱う。
WHY / 仮説
実際の利用場面を前にした利用者からの確認依頼がきっかけで、ある仕組みが稼働開始から長期間、成果を一度も出せていなかったことが分かった。失敗は毎回記録されていたが、誰も見ていなかった。
RESULT
定期の自己点検に、処理そのものの成否だけでなく「狙った成果が出ているか」を数える項目を加えた。
有効化手順 有効化の手順に「検証データの退避」と「本番実行前の確認」を明文化する
DECISION
検証用のデータを本番の置き場所に残したまま機能を有効化しない。一度きりの本番実行は、事前にユーザーへ確認してから行う。この 2 つを有効化の手順書に明文化した。
WHY / 仮説
検証用のデータを本番環境に置いたまま機能を有効化し、本来の届け先へ誤って送られる事故が続けて起きた。
RESULT
有効化前のチェック項目として残し、同じ事故は起きていない。
監視の外 バージョン管理の外にある設定は、ずれを見つける手当てを別に持つ
DECISION
配備の都合でバージョン管理の外に置いている設定は、変更を検知する仕組みが無いことを前提に扱う。費用のような数字は、定期的にダッシュボードを見る運用で別に監視する。
WHY / 仮説
ある設定が長期間、記録に残らない形で変わっていたことに、別件の調査の副産物としてしか気づけなかった。
RESULT
定期的に使用量・費用のダッシュボードを確認する運用を決めた。
Success Metrics

効いたかをどう測っているか

項目決め方なぜこうしたか
受益者実際に使った人を数える。部署単位で丸めない部署で丸めると、使っていない人の時間まで効果に入る
業務カテゴリ作業の種類で割る。案件名で割らない案件名で割ると、横展開のときに足し合わせられない
期間着手前に区切りを決める。延ばさない後で延ばせると、良い月だけ選べてしまう
単価推定しない。本人に申告させる推定は出どころを聞かれた時点で崩れる
信頼度式とは別に添える。粗い数字は粗いと書く粗さを式の中に隠すと、全体が信用されなくなる

測れないものは測れないと書く。ここで無理に数字を作ると、次の案件の見積りまで汚れます。

Roadmap / Open Questions

これから

References

関連

題材は社内で運用しているシステムです。社名・人名・製品名は記載していません。本ノートは実務上の判断の整理であり、特定の進め方を推奨するものではありません。引用した外部の数字は出典・発表日を併記しています。